2012年8月27日月曜日

フラとウクレレ



26日の話。
当番のギャラリートークを終え、開放された気分で商店街を歩く。YAMAHAの前で、フラとウクレレのミニコンサートがあった。左端の男性がメロディを奏で他の女性がコードを弾いている。演奏だけかなと思っていたら、歌が入った。

最初はユニゾンが多かったので、「ハモれ~、ハモれ~」と心の中で叫んでいたが、そのうち我慢しきれなくなって、少しだけ小声で3度あげたり下げたりしてこっそりハモった。ああ、飛び入りでハモりたいぞ。後半はハモりも増え、胸のザワザワも少し落ち着いた。

びっくりしたのは女性たちが交代で、しかもソロでフラを踊ったこと!かなり上手な人とそうでもない人がいたけれど、それはそれでゆかしくて素敵だった。1人で踊っても全然おじず、その表情は歌う喜び、踊れる喜びに満ち満ちていた。夕刻の商店街がハワイの街角のよう。

最初にハワイの歌、そしてフォークソング、歌謡曲。土地にふさわしく♪瀬戸の花嫁も演奏があった。前々からウクレレには強い興味があったので、グループ名をこっそりメモした。来年は私も路上で裸足になって♪小さな竹の~竹の橋の下~、と踊っているかも、ナンチャッテ

余談:九州のふるさとには「武之橋」という地名がある。なので、この歌をきくと竹ではなく武なのだ。
余談もうひとつ:ぼ~っとみていたら、「momoさん!」とネットネームで声をかけられびっくりした。なんと旧知のよこちゃんではないか。つかのまの逢瀬だったがあえてよかった。

2012年8月25日土曜日

内子座文楽

(小屋の中はこんな感じ)

叔母の文楽観劇のおこぼれにあずかる。叔母の仲良し4人組みでいくはずだったのに、1人が体調を崩したため暇人な私にチケットが回ってきたのだ。最高の松席7000円だったので静かに小躍り。

演目は「一谷ふたば軍記」(熊谷桜の段、熊谷陣屋の段)
「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん」
人形はもちろんのこと、三味線、太夫(歌をうたうひと?)も初めてでへ~へ~、と感動しながら観劇。でも、告白すると午後2時という魔の刻がちょびっとだけ私を転寝の世界へ…。7000円のうちいくらかは損したかな。

床本集(太夫のセリフ、歌?)が配布されているので、だいたいのお話の進行がわかるしくみだ。
このあたりは歌舞伎より親切だなと思った。



終わったあと内子座の前で記念撮影。
内子座のスタッフが撮ってくれた。






猛暑の中、涼しげに浴衣を着こなした3人のやまとなでしこたち。面識のない方たちだったが、あまりにも素敵だったので写させてもらった。特に水玉の女の子がかわいい~。

これからも、おこぼれがあるかもしれないので叔母さんとは仲良くしていこう☆\(^^;)

2012年8月24日金曜日

ズッキーニ丼





ラタティユを作ろうとズッキーニを買ってきた。4、5日経って「さて…」と冷蔵庫を確認してみたら肝心のナスが無い。ズッキーニの鮮度も限度かなと思ったので、TVの「はなまるマーケット」で知ったズッキーニ丼を作ることにした。初めて皮をむき、軽く茹でてキュウリのように薄切りのした。生のままかじってみたら、キュウリとは違う食感で、サクサクではなくて、何と言うか、ほのかにアボカドがまじっているようなそんな感触。1本98円もしたので、丁寧に調理した。(店によっては似たサイズのものに198円も値がついていてびっくり)





さて、できあがり。TVの中では皆口々に「おいしい」と言っていたが、うちではビミョウ…。
「ま、作るのは今回限りかな」
「そうね」
という結論になった。次こそズッキーニでラタティユだ!

2012年8月13日月曜日

北京へいらっしゃい

11日、土曜日の話。
JR高松駅から、美術館に向かって歩いていたところへ、年配の男性から「商店街はどちらの方向に行けばいいですか?」と声をかけられた。
ちょうど美術館と同じ方向だったので案内した。

「私、中国人です。北京から来ました」との自己紹介にびっくり。
というのも、かなり流暢な日本語だったからだ。聞けば大学で日本語を専攻し、北京では日本語講師をしているそうだ。

「本当にお上手です」の、私の言葉に「お恥ずかしい。まだまだです」という謙遜する日本的な美徳もしっかり学んでいらっしゃる。「ふるさとはどこですか?」と聞かれたので、鹿児島だというと、「灰の降るところですね。砂の温泉もあった」と言うではないか、何と言う博識。何十回も来日し、日本各地を訪ねているそうで、「もう、世界のあちこちにも行かれたのでは」と聞くと、日本語を勉強したいので、日本だけ個人旅行しているそうだ。

「実は学生時代に少しだけ中国語をかじりました。そのころは毛沢東政権だったので、♪毛沢東は太陽だ、という歌を授業中に歌ったんですよ」と少し歌ってみせたところ、非常に驚かれた。

三越まで案内し、真向かいの中央郵便局で日本の切手を買うことをおすすめした。ついでに写真も一枚。お名前は李さん。ご住所のメモも頂いたので写真を送ってさしあげようと思う。

別れ際に
「北京へぜひいらっしゃい。ご案内しますよ」とニッコリ。
「再見!」の別れの挨拶に「再見」と手を振ってこたえてくれた。素敵な77歳だった。

2012年8月12日日曜日

夕暮れの散歩


ワンコの散歩。一族うち揃ってかしましい。写していいですか、と聞いたら、デデちゃんほらお顔をあっちに向けてとタレントのおかあさんのような飼い主夫婦だった。夕暮れの高松駅そばの交差点にて。

2012年8月11日土曜日

イルカのマスコット


コトデンの車内には、うどんを食べる、マスコットのイルカがぶら下がっている。

2012年8月9日木曜日

ロードスターの災難

前回のマージャンの日の話です。卓を囲む男たちがイソイソと家に集まった朝。ちょうどそのときトイレにいた私の耳に聞こえてきたのは、カーポートの支柱をガリガリとこする音。いったいどうしたことかと表へ出てみたら、アッチャ~~、メンバーの1人の愛車のバンパーがひしゃげている。車庫入れ時にヤッチャッタらしい。

車はロードスター。この日は晴れていたので屋根全開。
「うちの車庫のポールの傷はたいしたことないけれど、どうするそっちの車…」

白い麻のシャツを無造作に着たKさん、
「いや、小さい傷もたくさんあるから、ついでに直すわ」

なんでもないように笑っていたけれど、堪えただろうなあ。その証拠にヤッチャッタあとからはうちの車庫には入れず、法にふれない、邪魔にならないところを探して路駐をしている。

60で会社を退職してのち、ヒゲを生やし、オープンカーに乗り、無造作にシャツを着こなし(殿のようにシャツの裾をズボンに入れたりなんてしない)ピンクの靴下に革のスニーカー、と、リタイア街道まっしぐらだ(オープンカーがハーレーになっちゃう人もいる)ヒゲとオープンカーはセットで男の夢なんだろう。

※なぜ我が家が雀荘になったか…その詳細はこちら

2012年8月8日水曜日

マドリガル

2012年7月8日のこと(あとでこの日の日記として変更予定)
四国二期会の第45回定期演奏会を聴きにいく。所属する合唱団の数名も聴きに来ていたので皆で固まって聴いた。

一番聴きたかったのは「マドリガル」。パンフレットから引用すると

ールネサンスのころ、イタリア、フランス、ドイツ、イギリスなどヨーロッパの国で盛んに歌われた。一つのパートが1人(多くて2~3人)縦にハモらせるだけでなく各パートが独立してメロディックに歌い絡み合う。スリルとサスペンスに富んだ競い合い。コーラスの源がここにあるー

となる。無伴奏なのでそれぞれの音感がしっかりしていないと、とんでもないことになる。
もともとは円陣を囲んで歌う(テーブルなど)スタイルなので、和気藹々とした雰囲気で聞いていても楽しかった。

「定演本番間際まで音とりをしているようなわが団では到底無理ね…」
が全員の感想。

マドリガルのほかにはプッチーニのミサ曲が印象に残った。
あと、思いがけなくも聴けた「シャローム」
イスラエルの言葉シャロームは「平和」のことでハロー&グッドバイの意味もある。
パレスチナ民謡のこの短い曲は、ずいぶん昔学生時代に旅行したとき利用したユースホステルで初めて聴いた曲で、感動した私は同じ日に宿泊していた女性に歌詞を詳しく教えてもらったというエピソードがある。そのとき以来聴くのは初めてで、こんなすごい合唱団の歌で聴けるとはと、ひっそりと感動した。高松までわざわざ足を運んだ甲斐があった。

2012年8月7日火曜日

同窓会

10月は高校、11月は中学と、同窓会の案内がちょっと前に来た。
京都に住む旧友からも高校の同窓会に出席するかどうかの打診があった。
う~ん、実は両方とも不参加だ。

秋に二つの、とても大事な同窓会があるとわかっていたのに、自分の段取りが悪く結局あきらめた。明日、不参加の返事を出そうと思う。決断を下したことに少しだけホッとして、それでも少しだけ哀しい気分。旧友もガッカリしていた。ごめんね~。